クラス便り4月号

人間に変身したヒキガエル
校長:「ここんとこ、人間がヒキガエルさんを使って怪異を起こしたという話題が続いたが、今回はヒキガエルさんが人間に変身した話をしよう」

教頭:「え?ヒキガエルさんが人間に変身したですって?」

校長:「そうだ。江戸時代に編まれた、噂話などを集めた『江戸塵拾』の巻の二に「大蟇」という話が載っているんだ」

教頭:「どういう話です?」


こちらは駒込にあった柳沢家の下屋敷。
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校長:「うん。それは次のようなものだ。

松平美濃守下屋敷本所に有リ、三町餘の沼あり、此ノ中に住む。一年故有リて、此ノ沼を埋ムべきよし申シ付ケ被(られ)、

(松平美濃守の下屋敷が江戸の本所にあった。そこには三町(およそ330m)の沼があったが、一年経ってある理由からこの沼を埋めることが決定した)

ここまでは、導入ね。松平美濃守は、柳沢吉保の孫にあたる、柳沢信鴻(のぶとき)のことだね。詳しい説明は省くが、柳沢家は松平姓を名乗ることを許されていたんだ。現在の奈良県にある、大和郡山の藩主だ」

教頭:「柳沢吉保といえば、5代将軍綱吉につかえた側用人ですね。忠臣蔵にもでてくる」

校長:「その通り。さて、続きはこうなる。

近々彌(いよいよ)埋ムべき沙汰有リしに、或日上屋敷の玄關にけんぼう小紋の上下著たる老人一人來りて、取次の士にいふ樣、「私儀御下屋敷に住居仕る蟇にて御座候、此ノ度私住居の沼を御埋ニ成ラ被(れ)候御沙汰之有ル段、承知奉リ候ニ付参上仕リ候、何卒此ノ儀御止メ下被(れ)候様に願ヒ上ゲ奉リ候旨を申シ述ベ候」

(近々沼を埋める指図があったが、ある日(美濃守の)上屋敷に絹の小紋(けんぼう=絹紡)の裃を着た老人が玄関に現れ、取り次ぎの武士に言うには、「私は下屋敷に住まいいたす蟇(ヒキガエル)でございます。この度、私の住まいいたす沼をお埋めになるという沙汰があったことについて、承り知りましたので参上いたしました。なにとぞ、この件について止めていただきますようお願い致します」)」

教頭:「ふむふむ」

校長:「この老人の申し出は、この後どうなったかだが、

其ノ段申シ聞ク可(べ)シとて、取次の侍退座して、怪しき事に思ひ、襖の隙より覗きみるに、けんぼう小紋の上下と見へしは、蟇の背中のまだらふなり。大キさは人の居りたるが如く、兩眼かゞみの如し、即刻美濃守へ申シ達シける處、口上之(の)おもむき聞キ届ケ候よし挨拶あられ、沼を埋むる事を止メられける。元文三年の事なり。

(このことを(美濃守)に申し伝え返事を聞くため、取り次ぎの武士は座を退いたけれど、不審に思い、襖の隙間から覗いてみたところ、絹の小紋でできた裃と見えていたのは、蟇の背中のまだら模様であった。大きさは人くらいあって、両目は鏡のようであった。すぐ美濃守にこのことを申し上げたところ、蟇の申し出をお聞き届け下さり、沼を埋めることを止められた。これは元文三年(1738年)のことである)」

教頭:「ほう、この蟇さんの言い分は通ったのですね」

大和郡山藩の江戸上屋敷は、幸橋御門内(千代田区内幸町)にあった。(現代の地図で位置を確かめるにはボタンをクリック)
校長:「ちなみに元文三年は、徳川吉宗の治世だ」

教頭:「ふーん。しかしこの美濃守も、話の通じるお方でよかった、よかった」

校長:「まあね。それにこの蟇さんも、きちんと礼を尽くしてお願いに行ったところが偉いね」

教頭:「確かに。人間に変身できるくらいの蟇さんですから、美濃守の夢枕にたって、「埋めるな。埋めたら祟るぞ」と恫喝することくらい朝飯前でしたでしょうにね」

校長:「そう、人間もカエルも礼節をわきまえることが肝要だね」

Special Thx:勘定場様、読み下しの添削をありがとう!!

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