クラス便り12月号

蝦蟇さんと妖術
校長:「おぉ、蝦蟇さんカッコイイ!!頑張れー蝦蟇さん」

教頭:「さっきから何をご覧になっているのですか?」

校長:「古い映画なんだが、児雷也ものだよ」

教頭:「児雷也?」

校長:「そう、蝦蟇の妖術を使うヒーローの物語さ」


ちなみにこの児雷也は片岡千恵蔵
教頭:「ほう、そういう話があるのですね」

校長:「うん。元は中国は明の時代に編まれた『古今説海』という本の中で、押し入った家に「自来也」と書いて去ったという我来也という盗賊の話があったんだ。それを江戸時代に翻案し、読本や草双紙にしたんだな。なかでも、『児雷也豪傑譚』という草双紙が有名だな」

教頭:「ははぁ、この物語の主人公児雷也は、ガマ仙人から妖術を教わり、それをつかって悪人を懲らしめたと。その妖術の極みが大蝦蟇を呼び出す術なのですね。お、他に大蛇を呼び出す大蛇丸、大蛞蝓を遣う綱手がいて、これで三竦みの争いをしたのか」

校長:「児雷也の他にも、蝦蟇の妖術を使う話があって、近松門左衛門は『傾城島原蛙合戦(けいせいしまばらかえるがっせん)』(享保4年(1719)作)という浄瑠璃を書いておる」

教頭:「え、浄瑠璃で蝦蟇さんですか?」

校長:「うむ。島原の乱(寛永14(1637)年に九州島原地方であったキリシタンの一揆)を題材にして、時代を鎌倉時代に設定。そして七草四郎と名乗る人物が、蝦蟇の妖術を使って人々を煽り、乱を起こそうとする話だ。七草四郎は蝦蟇に変身して、更級という娘の胸にかみついたくだりが次の通り。
 
 「頭に角有大の蝦蟆(かいる)。雪の肌にひつたりと四足をはって肉をしめ。疑露(ぎろ)つく眼は銅(あかがね)のべう(鋲)を打たせることくにて。胸に喰入刃の歯音鑢(やすり)をおろすにことならず」

(第三 江州志賀幡樂の庵)


 残念ながらこの浄瑠璃は、享保4年11月に上演されただけのようだね」


「いてて、私の腕を咬まないで下さい」

蟾蜍(せんじょ)とは月に棲むヒキガエルのこと
クラス便り2000年10月号参照)
教頭:「資料によりますと、この『傾城島原蛙合戦』を竹田出雲が改作。『傾城枕軍談(けいせいまくらぐんだん)』という、京都の島原遊郭を舞台とする浄瑠璃にしたてました。この浄瑠璃の発端は

 「三足の蛙あり。蟾蜍(せんじょ)と云肉芝(じくし)といふ。千歳(せんねん)すれば角を生ず。…」

(住吉神社辺、岸の姫松仮屋の段)


 とあり、蛙がいかにも関係ありそうな出だしとなっています」

校長:「うん、この段では久吉(豊臣秀吉のこと)が朝鮮征伐におもむこうとしたところ、海が荒れてしまった。妻の台の前は成功祈願に住吉に社参。その時に家来の一人が、久吉が帯びせし小田家(織田家のこと)の家宝蛇丸の名剣を八大龍王が欲したため、波を起こしたのではないかと進言。それで蛇丸のかわりに蛙丸を持たせたところ、日和も直り久吉の船は出て行ったとあるな」

教頭:「その後この蛙丸は台の前が預かっていたけれども、これを七草四郎が盗みだす。これは野心を抱く家臣の一人が企んだことで、その後蛙丸奪還を巡っての騒ぎがまきおこるわけか」

校長:「この蛙丸をつかった人物は、剣に宿っている蛙の霊魂がその体に入り、毒気を吹き出すことができたそうな。その他幻術を使えるようにもなったとか。しかしこの浄瑠璃では、あまり蝦蟇の妖術については扱ってないんだな」

校長:「他には『天竺徳兵衛異国聞書往来(てんじくとくべいききがきおうらい)』という歌舞伎や、『天竺徳兵衛郷鏡(てんじくとくべいさとのかがみ)』という浄瑠璃があって、これはともに「天竺徳兵衛」という船乗りが、蝦蟇の妖術を使って謀反をおこそうという内容になっておる」

教頭:「もともとこの徳兵衛は実在の人物で、寛永年間に天竺へ渡った体験をもとに、『天竺渡海物語』という本に著したそうです。それを題材にした話が、それらの歌舞伎や浄瑠璃なのですね」

教頭:「しかし蝦蟇の妖術を使って、悪いことをするのはどうかと思いますね」

校長:「うん、ヒーローは児雷也だけだな。ところで七草四郎や、天竺徳兵衛はどうなったか知ってるか?」

教頭:「はて?」

校長:「『島原枕軍談』の七草四郎は斬り合いの末捕らえられたが、『傾城島原蛙合戦』の七草四郎と、天竺徳兵衛は悲惨だぞ。前者は、人質にとった更級を組み敷いて殺そうとしたところ、更級の懐中より金色の光の矢のごとく蛇が飛び出し、四郎へ襲いかかる。すると体内より蛙が飛び出し、金色の蛇に散々追い回されついには呑まれてしまった。四郎は妖術を失い、討ち取られたということだ。
 そして天竺徳兵衛は、蝦蟇の妖術を使うために波切丸という刀をつかっておったが、巳年巳の刻生まれの人を斬り殺したために妖術がやぶられ、その後籠城して戦ったのち、武運果てたと悟って、自ら首を切り落として最後を遂げた」

教頭:「うへぇー、両者とも蛇が原因か…。蝦蟇の術だから、蛇なら破ることが出来たってことですね。しかし、蛙としては蛇はいちばん避けたいやつですよ」

校長:「まったく!蛇だけは勘弁だよな」


*参考資料

『近松全集 巻十一』岩波書店
『浄瑠璃作品要説3 近松半二』国立劇場芸能調査室
『浄瑠璃作品要説4 竹田出雲』      〃