(4)
加久夜の長の帯刀節信は数奇者なり。始めて能因に逢ひ、相互に感緒有り。能因云はく、「今日見参の引き出物に見るべき物侍り」とて、懐中より錦の小袋を取り出だす。その中に鉋屑一筋有り。示して云はく、「これは吾が重宝なり。長柄の橋造るおの時の鉋屑なり」と云々。時に節信喜悦甚だしくて、また懐中より紙に包める物を取り出だす。これを開きて見るに、かれたるかへるなり。「これは井堤の蛙に侍り」と云々。共に感嘆しておのおのこれを懐にし、退散すと云々。
『袋草子』上巻 (『新日本古典文学大系29』岩波書店)
加久夜の長(東宮の警護の長)帯刀節信(たてわきときのぶ)は数奇者で、初めて能因と逢った時、お互い感動したという。能因は「今日お越しくださった記念の贈りものを見てください」と、懐中より錦の小袋を取り出した。その中には鉋屑(かんなくず)が一筋。説明によると、「これは私の宝物です。長柄橋(ながらばし)を造った時の鉋屑です」とのこと。節信はとても喜んで、今度は節信が懐中より紙に包んだものを取り出した。これを開いてみると、ひからびた蛙。「これは井手の蛙です」とのこと。お互い感嘆して、それぞれ懐にしまい、帰ったという。 |